2012年5月21日、新宿ニコンサロンで開催される予定だった中国に残された日本軍「慰安婦」を題材にした写真展が、突然中止通告を受けました。

中止通告を受けた写真家安世鴻は東京地裁の施設使用を命じる仮処分決定のもと写真展を開催し、このことは社会の大きな反響を呼びました。しかし、ニコンは、その後も中止通告は有効であり写真展には協力できないという態度を変えず、大阪ニコンサロンで予定されていたアンコール展は開催に至りませんでした。

原告である安世鴻は、ニコン側の突然の中止通告とそれに続く写真展への協力拒絶行為に対し、債務不履行にあたるとともに、写真家としての社会的評価を著しく低下させ、人格権を侵害するものであって、不法行為に該当するとして訴訟を起こしました。 ニコンに対し、損害賠償請求と謝罪広告の請求を行うとともに、ニコンの代表取締役社長及び担当役員個人に対しても、取締役 としての義務違反に基づく賠償を求めています。

この裁判を通じて、ニコンが本件写真展を中止するに至った 具体的な「理由」を解明するとともに、原告の写真家としての名誉回復と、今後の同種事例の再発防止のため、ニコンの行為の違法性を明らかにしていきます。

 

ニコン「慰安婦」写真展中止事件裁判 これまでの経過

弁護団 李春熙(リ・チュニ)

 

●不穏な幕開け

2012年12月25日の提訴後、第1回口頭弁論期日が2013年2月18日に開かれました。この日、安さんの活動を妨害する一部団体による裁判所前街宣、傍聴行動の予告があったこともあり、法廷は厳戒態勢が敷かれ、「無用の混乱を避けるため」として安さん本人の意見陳述が大幅に制限される結果となり、裁判は不穏な幕開けとなりました。

その後、現在までに、計6回の口頭弁論期日が重ねられています(それ以外に、非公開の進行協議期日が1度あり)。

●契約違反、表現に対する違法な介入を訴えて

原告側は、訴状や準備書面において、①ニコンによる中止通告とその後の一連の行為は契約上の義務に違反する、②いったん芸術的価値を認めた原告の表現物について、それらの価値とは無関係かつ根拠のない理由で否定的な評価を行い表現の場を奪うことは、原告の表現行為に対する違法な介入であって、原告の人格権を侵害する不法行為である、と主張し、法人としてのニコンと個人被告2名(中止決定当時の代表取締役と担当役員)に対して、損害賠償や謝罪広告を求めています。

●憲法論に踏み込んで主張

原告側は、準備書面で、憲法論に踏み込んだ主張も展開してきました。

具体的には、ニコンによる中止行為が、①原告の表現の自由に対する社会的に許容しうる限度を超える侵害として不法行為を構成する、②原告の写真内容または信条を理由とする差別である、③企業メセナ活動、文化施設運営において企業に求められる行為規範に反するものである点などを詳細に主張し(準備書面(1))、さらに、ニコンの行為が、民主主義社会における表現の送り手と受け手の間の「思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理」を侵害する、憲法規範に反する違法行為であることを、憲法学の知見をふまえて主張しました(準備書面(4))。

●多岐にわたるニコン側の反論、変わる内容

一方、ニコン側は、毎回過剰とも言える分量の準備書面を提出して、さまざまな観点から反論を行っています。

その主張内容は多岐にわたりますが、おおまかにいうと、①安さんとニコンとの間の法律関係は契約ではなく優等懸賞広告にすぎない、②仮に契約関係だとしても、安全性の確保、中立性の確保、手段性の回避という正当な理由に基づき中止通告を行ったものであり、義務違反はなく、不法行為も成立しない、というものです。

ニコン側が主張する中止理由は、仮処分段階での主張から変遷しています。仮処分段階では、安さんの写真展が「政治的」であり、「写真文化の向上」というニコンサロンの目的に反するという点を主要な中止理由として主張していましたが、本訴では、安さんらの安全性の確保のために中止せざるを得なかった(安全性の確保)、「慰安婦問題」という世の中で意見が分かれている事柄について一方側の意見を推進するための具体的活動を支援することはできない(中立性の確保)、安さんは慰安婦問題の解決という目的のための手段として本件写真展を利用しようとしている(手段性の回避)といった点を中止理由として主張しています。

裁判は、今後、佳境に入っていきます。次回6/30口頭弁論までに法律上の主張は概ね整理され、原告、被告双方の立証計画の概要が示される予定です。

●最大の争点は、中止決定の「本当の理由」

これまでの審理の過程で、インターネット上の書き込み等をきっかけにニコン側に抗議の電話・メールが寄せられるようになってから「24時間も経たない」うちに中止決定がなされた事実経過が明らかになりました。ニコンが極めて拙速に中止決定を行った「本当の理由」は何か、それが本件訴訟の最大の争点となりつつあります。「教えてニコンさん」という安さんらの思いがニコンと裁判所に伝わるよう、立証活動に全力を尽くしたいと考えています。

(2014年5月17日現在)

 写真:提訴時の記者会見

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