2012年に起きた、新宿ニコンサロン元日本軍「慰安婦」写真展中止事件―その中止理由を明らかにし、「表現の自由」への侵害とたたかうための提訴から3年、4月に原告・被告とも証人尋問が行なわれた。
4月10日、第10回口頭弁論では、原告本人・安世鴻(アンセホン)さんと、証人・李史織さんの尋問が行なわれた。二人は突然の中止通告を受けるまでの経緯、仮処分申請を受け開催された写真展で何が起こったのかを詳細に語った。写真記録をとおして「慰安婦」被害女性たちの心の痛みを伝えようとしている2人の思いがこもった陳述だった。

●被告尋問のキーワードは「怒られる」=会社防衛

問題は、4月20日、第11回口頭弁論である。当時の担当者2名に続き、担当役員だった被告本人・岡本恭幸氏(ニコンサロンを運営する「映像カンパニー」〔当時〕のプレジデント、ニコンサロン選考委員会委員長兼務)の尋問が行なわれた。

岡本氏によると、5月21日、抗議(メール・電話)が来ているという一報を受け、翌22日朝、あわててネットを検索。ネット上の書き込みに「抗議に行くとか、暗殺したほうがいいとか、ニコンを追い出せ」などを閲覧。急遽、関係者会議を招集した。そこで、岡本氏がネットでみつけたロート製薬東京本社抗議街宣の動画を参加者に見せた。「安さんの安全を考えなければならない」と写真展中止を決めた。その後、トップ(社長、副社長、会長)に中止決定を報告・承認。相談した弁護士から「諸般の事情で中止で統一」するよう言われる。担当者が安さんに電話した〔理由を言わず一方的な中止通告に対し、安さんは中止理由の説明を求めた〕。
その後、仮処分申請により開催の可能性が出ると、警備を指示。警察にも安全対策を依頼するも、全面でなく「ポイントで警備」「何かあれば110番」と言われたので警備員を増員し、ゲート型金属探知機を設置。従業員にはナイフを持っている人がいれば逃げろと言った。
陳述で印象的だったのはトップに「怒られる」と何度も言ったこと。結局のところ、岡本氏は終始、会社防衛のために理屈を並べているとしか思えなかった。

●安さんが刺される? でも本人には連絡しない

原告代理人・岩井信弁護士より反対尋問が行なわれた。主なやりとりは次のとおりである。
5月22日時点の抗議メールの数を確認したところ、岡本氏は直接会社にきたものと、2ちゃんねるのスレッドにあるものを混同していることがわかり、実際の抗議メール数は結局不明。さらに、2ちゃんねるをその時初めて見たという岡本氏はその性格も匿名の掲示板であることさえ知らず、ただ書き込みに驚いたと言った。また、ロート製薬事件についてもネットで動画などを見ただけで、それ以上の情報収集はなし。つまり、写真展中止を決定する会議の前にはネットを閲覧していただけだったことがわかった。
2ちゃんねるの「暗殺」うんぬんという書き込みを見て危機感をもったと言う岡本氏は、安さんの安全性を何度も強調した。しかし、岩井弁護士の「ではなぜ安さんに直接連絡して、いま大丈夫ですかと質問しなかったのか?」の問いには「思い浮かばなかった」と言う。思わず失笑してしまった。
肝心の中止理由については、仮処分段階の写真展が「政治的」であることや、本訴準備書面にあったカンパ運動への批判、不買運動への懸念などについて、記憶にないと陳述した。
最後に、裁判長まで「会社の中で高い立場におられる方として、身体の安全というレベルの意味での危険の一方に、表現の場を提供する機会を持っている者として、ここで中止という判断をすることが、社会の在り方に与える影響という話は、どの程度会議の中で出たんでしょうか。」と尋問。答えは、そのような話は会議では出ず、安さんが刺されるなどの気持ちが強かったと言って尋問終了。

●「表現の自由」はなぜ重要か

この日は、吉見裁判と合同で報告会をもった。ニコン裁判からは、意見書を書いてくださった中央大学准教授の宮下紘さんが発言。この事件の本質は「すべての写真家の問題であり、受け手の自由、つまり、知る・考える機会を奪ったこと」だと語った。この意味でもニコン選考委員の写真家たちの沈黙は残念である。

岡本有佳(教えてニコンさん!ニコン「慰安婦」写真展中止事件裁判支援の会世話人)
『バウラック通信』7号(2015年6月)より転載。

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