文:K.K

●あふれる傍聴人、裁判長ら変更

第6回口頭弁論が、2014年4月28日午前11時半より、東京地方裁判所第721号法廷において開かれました。原告側からは安氏および4名の代理人、被告側からは4名の代理人が出廷しました。約40ある傍聴席は満席となり、法廷に入れない人のために席を譲り合う場面もありました。廷吏は2名おり、左右から傍聴人を監視しているようにも思えました。

今回から、裁判所の構成が変更されました。裁判長は女性で、その他の2名の裁判官は男性でした。そこで、従来の弁論の内容を引き継ぐ「弁論の更新」という手続きが行われ、これまでの準備書面の陳述等が行われました。その後、原告側は、中央大学の宮下紘准教授の意見書を提出しました。被告側からも書面の提出がありました。

次回の口頭弁論は、6月30日午後2時より、同法廷において開かれることになりました。

●報告集会

口頭弁論終了後、弁護士会館507号室において報告会が開かれました。報告会も満席で、立ち見も出ました。初めての方も5〜10名いらっしゃいました。

まず、李春煕弁護士がこれまでの経緯を説明しました。

今回、原告側から提出した宮下准教授の意見書は、表現の受け手の視点から、民主主義社会における表現の自由について論じたものです。一方、被告側から提出された書面は、当時のニコン内部におけるメールのやり取り、弁護士との相談内容などを記載したものだそうです。

李弁護士によると、これまでの弁論を通して、両者の主張はある程度整理されており、これからは証拠調べ手続を通して、両者による立証が行われる見通しだということです。原告側からは、写真家や芸術家など、専門家証人の申請を予定しています。また、この裁判は抗議に屈して写真展を中止したことに端を発しており、政府への批判などに関する日本における表現の自由が問われている裁判なので、安氏自身の当事者尋問も申し出る予定であるということです。次回は書面のやり取りにとどまりそうですが、次々回以降、人証調べが行われる可能性があるそうです。

次に、岩井信弁護士が、今後とも、傍聴席を満席にすることによって、社会がこの裁判に注目していることを裁判官に認識させることが重要だ、と述べた上で、憲法および法律上の争点について解説されました。

第一に、本写真展開催の法的性質についてです。ニコン側は、単独行為、つまりニコン側が開催させるか否かを自由に決定することができると主張しています。これに対し安氏側は、安氏とニコンとの間において開催契約が締結されたので、ニコンは安氏の写真展開催に協力する契約上の義務を負うと主張しています。実際、ニコンは自社のHPにおいて、写真文化の向上・交流・伝達を目的とする旨主張しています。これは最高裁が保護しようとしてきた場所でもあるので、私企業がみだりに侵すことはできません。

第二に、表現の自由の優越についてです。従来の判例の多くは、市民会館etc公的な施設が舞台となっています。そこでは、同時に、民主主義社会において重要な集会の自由についても争われています。これに対し、本件では、ニコンサロンという私的な施設が舞台となっています。とはいえ、表現の受け手が存在するという点においては、両者間に差異はありません。宮下紘中央大学准教授の意見書においても、表現の自由において、受け手の自由も重要である旨論じられています。ニコンによる本写真展の中止は違法であり、憲法が禁ずる検閲と同じような状況をもたらしたということです。

次に、東澤靖弁護士が、「公」と「私」の区別、という観点から発言されました。従来の日本においては、国など公的な存在は、差別をしてはならないが、私企業は、営利的な存在として株主に対し義務を負っているので、ある程度の差別は容認される、と考えられてきたのではないか、と解説されました。しかし、中国におけるヤフーの問題などからもわかるように、世界的には、ビジネス界においても、このような見方に対し疑問が投げかけられているということです。また、この裁判においては、会社の社会的活動において表現の自由がどういう意義をもつか、も問われているとの発言でした。

次に、安世鴻氏が発言されました。

まず、多くの人が傍聴に来てくれたことに感謝の気持ちを表した上で、この問題に関心をもつ人が一人ずつ増えていくことが大きな力になる、表現の自由や「慰安婦」に関する問題が良い方向に向かうのではないか、という希望をもっている、と語りました。

次に、「慰安婦」の写真展を開催することの困難さについて語られました。ニコンサロンを支えてきたのは、多くの写真家および観客です。また、札幌など各地においてもさまざまな方の協力を得て、写真展を開催することができました。しかし、当初は写真展の開催に同意するものの、抗議や攻撃などのおそれがあるという理由で断られ、他のギャラリーで開催するなどということもあり、開催が決定しても、また何か問題が生じるのではないか?という不安が常にあるということです。さらに、写真家が、発表することができないのではないかと考えて萎縮してしまい、「慰安婦」の写真を発表する場所が減少していることを懸念していました。

最後に、出席者から、法廷で写真家の意見を直接聞きたい、という要望が出されたのに対し、李弁護士が、まずは意見書を提出した上で証人尋問を求めていく、と答えました。

●宮下准教授の意見書の重要な指摘

今回の傍聴および報告会を通して筆者が感じたのは、主張が二転三転していることからも分かるように、ニコン側の主張は不合理であるのみならず、ニコン側の一連の言動は、ニコンにとってもマイナスであるということです。以下、今回提出された宮下准教授の意見書の一部を引用します。

 

『写真文化の向上』のためになによりもまず情報の受け手である写真展の来場者を含む写真芸術に高い関心を有する者らに写真の伝達と交流の機会が保障されることが不可欠である。そのような伝達と交流の場を遮断することは、表現の自由の趣旨の没却であり、ひいては『写真文化』の『衰退』を招来することとなる。

(宮下意見書、9頁)

たとえば、ニコンは反論の中で②中立性の確保を中止の理由として挙げていますが、「慰安婦」問題に限らず、およそ社会的な問題については、様々な意見があるのが当然です。「意見が分かれている」ことを理由に写真展の開催を拒否することができるのであれば、およそ社会的な問題について写真展を開催することができなくなってしまいます。最近、憲法や原発関連の集会への地方公共団体の後援が、「中立性」を損なうおそれがある、という理由で相次いで取りやめられています。そういった意味において、これは、この裁判に限らず、日本社会の根幹に関わる深刻な問題であると受け止めています。

また、③手段性の回避云々の主張は、宮下意見書にもある、伝達と交流の機会の保障が重要だ、という点を看過しているように思えます。安氏自身も、写真展とは、撮影者と観客、そして被写体と観客のコミュニケーションの場であると述べられています。およそ写真とは、何らかのメッセージ性を含むものであり、観客がそれに接して自ら考え、他者とコミュニケーションをとることによって、「写真文化」は「向上」していくのです。「純粋な」写真文化の向上、という点を強調しているニコン側には、単に場所を提供すれば良いのではなく、写真展の開催に積極的に協力する義務がある、という点を再考してもらいたいものです。

最後に、この裁判では表現の自由、「慰安婦」問題、歴史認識etc、日本社会の根幹が問われているだけに、1人でも多くの人に、継続して関心をもち続けていただきたいと思います。

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