文: Gabriel

●傍聴席は満席

第5回口頭弁論が、2月10日、午前11時30分より東京地方裁判所第721号法廷にて行われました。この日は、40席ほどの傍聴席が満席となり、法廷に入れず傍聴ができなかった方も数人いらっしゃいました。法廷では廷吏が傍聴席を監視するような様子もあり、物々しい雰囲気がありました。また閉廷後も傍聴人を「速やかに退廷」させるなど、裁判所はなにかを警戒しているようでした。

今回の口頭弁論は、書面の確認と今後の裁判予定を決めただけの手続き的なもので、5分ほどで閉廷となりました。

●報告集会

口頭弁論終了後に開かれた報告集会にも多くの人が集まりましたが、今回、初めて傍聴したという方が多かったため、これまでの経緯について弁護団から説明がありました。

今後、この裁判は「表現の自由」をめぐって争う見込みだということです。弁護団の東澤弁護士は、「ニコン側が挙げた中止理由はそもそも成り立たないが、問題はそれだけではなく背後に何があるのか、わずかな批判を恐れて中止にした真の理由が重要」としたうえで、企業内部の会議で一方的に中止を決定したのは、批判を恐れて迎合したものであり、慰安婦をめぐる問題を嫌悪したものであることを追及していきたいと述べ、「企業が嫌悪するからといって、発表の機会が閉ざされてはならない。こういう事態が横行すると表現の自由、そして“見る自由”が奪われかねない」と主張されました。

続いて原告である安世鴻さんからスピーチがありました。安世鴻さんはニコンサロンで写真展が決定したときのことを「日本社会でこのテーマがどう反応されるか気がかりだったが、審査を通過して日本の写真家の良心にとても感動した」と述べられました。また、「(中止通告を受け)日本で写真家として活動できないという絶望、ハルモニたちを誰にも見てもらえないという懸念があった。話し合いもさせてもらえず、個人で企業を押し問答する限界を感じて提訴に至った。開催1ヶ月前で最後の仕上げの時期なのに裁判の手続きにも奔走せざるを得なかった」と苦しんだことを明かされました。仮処分下での写真展については「手伝いに来た人を尋問したり、誰と何を話しているのかをニコン側の弁護士が監視したりという“異常な雰囲気”だった。一人でやるのは不安だと思っていたところにいろいろな人たちが駆けつけてきてくれた。ニコンは抗議の電話やメールが多く来たと言っていたが、自分は応援の声を多く聞いた。それが力になってストレスの強い展示会だったがやり抜くことができた」と振り返られました。

そして「裁判を起こさなければならないと思ったのは“見る者の知る権利”にも関わる問題だと考えたから」と述べられ、「写真はただ撮って見せるものではなく見る側とコミュニケーションを作るものである。コミュニケーションの場が企業の気持ち次第で左右されてはならない。自分は慰安婦被害者の痛みを伝える仕事をしてきた。表現者の自由、それを見て知る自由、慰安婦のハルモニたちが伝えようとする自由を封殺する行為に抵抗していきたい」と静かに力強く主張されました。

最後に「教えてニコンさん!ニコン慰安婦写真展中止事件裁判支援の会」代表の永田浩三さん(武蔵大学)がこの裁判の重要性を訴えました。永田さんは練馬のギャラリーで2回にわたって安世鴻さんの写真展が開催されたことを紹介し、「小さいところでも、妨害があっても、きちんと開催できたものを大企業ができないはずはない。ニコンは対した攻撃に屈しただけでなく、一介の企業は力が弱いとさえ言い、逆に安世鴻さんを攻撃するようなことを行う。日本社会のあり方の問題そのものである」と、この裁判は日本社会の趨勢を問うものであることを強調され、報告集会は幕を閉じました。

●日本社会のあり方に対するたたかい

今回の裁判を通じてはっきりと見えたのは、ニコンは映像製品メーカーとしてあるまじき行為をしているということです。本来、映像製品を生産する企業はアーティストに対して支援的でなければなりません。ところが、新宿ニコンサロンの使用を命じる仮処分が決定した即日ニコンは異議申立を行い、のち仮処分決定が認可されると抗告を申し立てています。結果、東京高裁は抗告を棄却しましたが、そもそも仮処分が出されたのは開催初日の3日前、抗告棄却されたのは写真展が終了するわずか4日前です。安世鴻さんは新宿ニコンサロンで写真展を開催している期間ずっと「発表の場を失う不安」に悩まされていたはずです。ニコンはアーティストに対して支援するどころか、芸術活動の妨害をしていたと言えます。

そして、この裁判は険しい裁判であるということです。原告の主張はすべて正当であるにもかかわらず、ニコンは安世鴻さんを「厄介者」として印象づけようとしているようです。弁護団の話によると、裁判はニコン側の依頼により警備が敷かれているとのことで、あたかも「この人と関わると裁判所も危険なのだ」と言わんばかりです。このような雰囲気の下で行われている裁判は原告にとって非常に不利かつ不当なものです。ニコン側の弁護団が「リスク回避」を中止理由にあげていることから考えても、このままでは「表現の自由と知る権利」という正当な主張がねじ曲げられ、原告をただの「リスク要因」として片付けてしまう恐れさえあります。こうした原告に対する不当な印象は、安世鴻さんが外国人であることにも深く関わっています。「法廷は外国人にとって不利である」ということは司法の場に差別が延長されているということに他なりませんが、ニコンが意図的に安世鴻さんを「言いがかりをつける面倒な外国人」として演出するのであれば、これは卑劣きわまりないものです。

最後に、この裁判の険しさは日本社会の無関心にも原因があります。安世鴻さんは新宿ニコンサロンにおける一件から、まるで「時の人」のように見られました。社会的関心を集め、ゆえに妨害も多く湧きましたが、この間に『検証・ニコン慰安婦写真展中止事件』(産学社)というブックレットが出版され、さらに『重重: 中国に残された朝鮮人日本軍「慰安婦」の物語』(大月書店)という写真集も刊行されました。そのため多くの人が日本企業と対決する写真家の「活躍」をイメージし、第1回の口頭弁論は妨害者も含め大勢が傍聴に訪れたと聞きます。しかし、第2回、第3回と回を重ねるごとに関心が薄れ、第4回口頭弁論には傍聴席には数人のみとなったそうです。今回、傍聴と報告集会に参加して、すっと潮が引くように人々が離れていったことを筆者は初めて知りました。

話題性のあるものには飛びつき、消費し、去って行くという社会のあり方は、刹那的に騒ぎ立てる「ネトウヨ」を育てる土壌にはなりえますが、「慰安婦」表現を抑圧する企業の横暴を問いただすことはできません。安世鴻さんの闘いはまさに日本社会のあり方との闘いであり、わたしたちが今度こそ続けて支援しなければならない闘いであると強く思いました。

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